改まるように息を吸う。
「そうやって他人を振り回して楽しむのも構わないけど、少しは聖美のコトもわかってあげてね。彼女は彼女なりに、あなたのコトを考えているわ」
口で言っても仕方ないかもしれないけど… との言葉に、慎二はただ黙って曖昧に笑う。
「こうやって大迫さんを連れてきてくれたコト、私は良いことだと思うわ」
「とても智論の母親とは思えないお言葉」
「言っておくけど、智論のコトも、特にこだわっているワケではないわ。もちろんくっついてくれたら嬉しいけれど、それは本人達が決めることですものね」
そこで一口シャンパンを飲み、少しだけ、視線を落とした。
「それに、所詮はこちらの勝手よ。聖美も慎二くんも、従う義理はないわ」
彼女の言葉に、中途半端に視線を落とす。
「面目を潰すつもりは、ありませんよ」
「潰されるような面目なんて、持ち合わせていないわ。そもそもあんな取り決め、実現しても智論自身が納得しないでしょうからね」
美鶴にはサッパリ理解できない会話をゆったりと交わす。そんな二人の横から、若々しい女性の声。
「ねぇ」
場を壊しはしないかと控えめな声。
「そろそろ挨拶の時間なんじゃない?」
「あら、そう?」
嗜めるような声にも別に動じない青羅の態度。愛らしく肩を竦めた女性は、傍らの慎二に気づくや口をへの字に曲げた。
「そ・れ・か・ら」
妙に語気を強めた、ハキハキとした声音。
「さっき聖美さんを見かけたんだけど、何かあったの?」
「あら? どうして?」
青羅の少し惚けたような顔に、若い女性が軽くため息をついた。
「なんだかちょっと、不機嫌だったわよ。原因は慎二ってカンジ。アンタ、何かやったの?」
言いながら、慎二を見上げ…… だが、その視線を再び動かした。
「あら?」
隣に、慎二の背に隠れるようにして立ち潜む美鶴の姿に、思わず目を丸くする。
「あなた…」
その女性と同様、美鶴も思わず目を丸くしてしまった。
目の前で、解れた木綿がチラついた…… ような気がした。
ストレッチの効くカシュクールはオフホワイト。七分丈の袖から伸びる腕。胸元で組むその右手の人差し指が、苛立だし気に動く。
「どう解釈してもらっても、かまわないわ」
黒いサブリナパンツから伸びる長い足の、右の重心が左へ移った。
「だから答えて。あの子は、何?」
「妬いてるのか?」
口元を笑ませる霞流慎二に、小窪智論はチラリと上目遣い。
「別にそう解釈してくれてもかまわないから」
ひょいっと肩を竦める美青年の仕草にも、大した反応は見せない。
改めて相手を見下ろし、大きく息を吸う。
「私が気にしているのは、あなたじゃない。自惚れるのは勝手だけど、こちらの質問には答えてもらいたいわ」
「つれないな」
「ふざけないで」
細すぎもせず、かといって無頓着でもない、適度に整えられた品の良い眉がピクリと動く。
「もう一度聞くわ。あの子は、何?」
「何? とは失礼だな。まるでモノ扱いだ」
「機嫌を損ねさせたのなら詫びるわ」
しれっと質問を交わす慎二の態度にジッと堪えること、すでに数十分。普通の人間であったなら、とっくに声を荒げているだろう。
ここまで冷静に対応し続ける智論の根気良さに、傍で控える木崎は感服させられる。
だがいくら智論でも、そんな木崎の眼差しに気付く余裕は、もはや失いつつあるようだ。
ただまっすぐに慎二と向かい合い、もう一度息を吸う。
「あの子は、誰?」
「大迫美鶴さん」
「名前は聞いたわ」
「何が聞きたい?」
「それ以上。あなたとどのような関係なのか」
「それは、幼馴染として聞いているのか? それとも許婚として?」
「幼馴染としてよっ!」
慎二の言葉をハッキリ遮る。
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